君が銀河のどこにいたって

誰かの寄せ集めじゃない、オリジナルの今を生きる

公務員であることに疑問を感じたら、黒澤明監督の映画「生きる」を観よう


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こんにちは。かしわぎです。

僕は公務員やら団体職員やら大学職員やらやっていましたが、働き方に疑問を感じてました。

誰にでもできる仕事、前へ倣え右向け右の組織、死んだ目の職員、くだらないうわさ話と悪口が唯一の楽しみ。

毎日毎日ご機嫌伺い。

そんな中で、これから先30年もやっていくのか。

狭い世界で、人の顔色気にしながら生きていくの?

それって生きているっていえるの?

死んでないだけでは?

本当にそれでいいの?

「生きる」っていうのはどういうことなんだろう。

自分はもっと、命を燃やして生きたい。何かをやり遂げたい。

魂を燃やして生きたい。

毎日そんなふうに思って、死んでるように職場に行っていました。

公務員や事務職員の働き方に疑問を持っている人は、実はけっこういると思います。

これまでも「辞めます」と言ったら、「おめでとう」「いいなぁ。俺ももう少し若かったら…」そんなリアクションがけっこうありました。どこの職場でも。

公務員や事務職員をしていくなかで、自分を見失いそうなときは、僕が大好きなこの映画を見返していました。

黒澤明監督の「生きる」という映画です。

  

『生きる』(いきる)は、1952年(昭和27年)10月9日公開の日本映画である。東宝製作・配給。監督は黒澤明、主演は志村喬。モノクロ、スタンダード、143分。東宝創立20周年記念映画。

黒澤作品の中でも、そのヒューマニズムが頂点に達したと評価される名作で、その題名通り「生きる」という普遍的なテーマを描くとともに、お役所仕事に代表される官僚主義を批判している。劇中で志村演じる主人公が「ゴンドラの唄」(吉井勇作詞、中山晋平作曲)を口ずさみながらブランコをこぐシーンは、名シーンとしてよく知られている。

 Wikipediaより。

 

この映画は、市役所と公務員を舞台にして、「生きる」ということを描いた作品です。

ただ漫然とハンコを押すだけの仕事、たらい回しみたいな公務員の仕事ぶり、そうした「お役所仕事」が描かれ、「本当にこれでいいんだろうか」と悩んでいく市民課長の姿が描かれます。

もうね、これがすごいんですよ。

65年も前の作品なのに、今見ても全然古くないんです。映像はモノクロなのに。

この映画に出てくるステレオタイプな公務員は、現代でもそこら中にいます。

やる気がない、やらない理由をまず考える。

昔も今も全く変わっていません。ある意味すごいです(65年もの間変わらないって、システムが完成しているか全く進歩がないかのどっちか…)。

そして、「生きる」ということ、それについて悩むこと。

そんな人間の姿も変わっていません。

ただ職場にいって、書類にハンコ押して、ご飯食べて寝て起きて職場に行って…

その繰り返し。生きているってこういうことなのだろうか。

 

見どころ

主人公は、市役所の市民課長である渡辺という男です。

職場に来ては、ただただ漫然と書類にハンコを押すだけの毎日。

市民の相談もたらい回し。役所内のくだらないうわさ話が飛び交う。

この時点では、主人公はさしたる疑問も感じていません。

いや、その昔は感じていたのでしょう。

かつては仕事に情熱を持ち、提案書なども作っていました。

でもきっと市役所のなかで、公務員という組織のなかで、そういうものは忘れ去られてしまったのでしょう。心の奥底に。いや、もうどこにもないのかもしれません。

渡辺課長が漫然とハンコを押していく姿。ナレーションが心に突き刺さる…!

 
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つまり彼は生きているとは言えないからである

 


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これでは死骸も同然だ

 


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いや 実際この男は20年ほど前から死んでしまったのである

 

こういう公務員、現代でもたくさんいます。

 

しかし一体これでいいのか

一体これでいいのか!

 

 ある日、渡辺課長は体調が悪いので病院に行きます。

そこで、自分は胃がんであり、余命半年ほどであることを知ります。

死への不安や恐れ、これまでの人生に対する疑問などによって何かがプッツンと切れてしまったのか、渡辺課長は市役所を無断欠勤し、お金をおろして夜の街にくり出します。

飲み屋で出会った小説家の男に連れられ、これまで行ったことのなかったパチンコやダンスホールやストリップショーなどに行きます。

何にもなかった、つまらない生真面目人間が始めて夜遊びをするシーンです。


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でも、そんな夜遊びでは満たされない。虚しい。ただただ虚しい。

家では、息子夫婦に邪魔者にされています。

 

そんな日々の中、渡辺課長は、市役所を辞めておもちゃ会社に転職しようとしている市民課職員の小田切とよと、街で偶然出会います。

食事やお茶をするうちに、小田切の、若い女性のエネルギーに満ちた生き方に惹かれていくのでした。

そして、自分が胃がんで残りわずかの命であることを告白します。

田切は、おもちゃ工場で作っているおもちゃを取り出して渡辺課長に見せ、

「ものを作るっていいわよ。課長さんも何か作ってみたら」と言うのでした。

そのとき渡辺に電流が走った…!青天の霹靂。

「わしにもまだできることがある」と大急ぎでカフェを出ていき、職場に復帰します。

 

そう、「ものを作る」って本当にいいものなんですよね。

僕も自分で本を作ったときは、達成感や充実感を感じました。

そして、渡辺課長が目を覚ますシーン。ここはとても大好きなシーンです。

 


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渡辺課長は「わしにも何かできる…何か」と言いながらカフェの階段を駆け下りていきます。

一方、2階では学生達が誕生日パーティーをしていて、1階から主役の学生が上がってきて渡辺課長とすれ違うのです。

そこでハッピー・バースデーの歌が歌われて祝福されるのですが、同時にこれは渡辺課長に対する祝福でもあるという構図。

 

ハッピー・バースデー。

おめでとう、キミは生まれ変わったんだ。

これから本当の人生を生きるんだ。

 

という祝福。

65年前にこれやっているってすごいですよね。天才ですよ。

 

それからしばらくして、渡辺課長は死にます。

あれから渡辺課長は、市民の声を聴き、子どもたちのために公園を作ろうと奔走していたのでした。

役所では、課長でも、公園を作るみたいなアイデアを実現するのはかなり困難です。

それが公務員。それが市役所。

公園課を始めとした他部署との調整・働きかけ、生々しいです。役所です。

助役(今風にいえば副市長かな)、上層部に嫌な顔をされたり、露骨に妨害されても諦めずに戦います。粘り強く。諦めずに。

かっこいいです。これがつい最近まで死んでるように生きていた人間なのか。

公園は完成し、雪の降る夜。

渡辺課長はブランコに乗り、ゴンドラの唄を口ずさみながら息を引き取ります。

 

いのち短し 恋せよ少女
朱き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日の ないものを

 

いのち短し 恋せよ少女
黒髪の色 褪せぬ間に
心のほのお 消えぬ間に
今日はふたたび 来ぬものを

 いいですね~。

熱き血潮の冷えぬ間に 明日の月日のないものを

心のほのお消えぬ間に 今日はふたたび来ぬものを

良い歌。

 

後半は、渡辺課長の御通夜の席になります。

渡辺課長の死の真相と、実は市役所の職員たちもお役所仕事に疑問を感じていることがわかります。

この御通夜の席は、臨場感がすごいんですよ。

画面を見ていたはずの自分が、まるで実際に御通夜に参加しているような感覚になるのです。

ここらへんのカメラワークとかはすごいですね。

そして衝撃のラストが待っています。

それはぜひ、この映画を実際に見て、確かめてみてください。

 

この映画は、今見ても面白いです。すごいと思います。

本当に65年も前の作品なのかと思うほど。

生き方、働き方

生きるとはどういうことか?

そういうことを考えたことのある人であれば、心に刺さると思います。

公務員や事務職員のような働き方に疑問を感じている人であれば、なおさら。

僕の大好きな映画なんです。

 

生きよう…!

熱く…!命を燃やして…

心のほのおを燃やして…

そんなふうに

さぁ、もう一度生きてみようか!

 

ということで、今日は日本映画の傑作、黒澤明監督「生きる」の紹介でした。

ぜひ観てみてください!

 

それでは。

またね!